〜2000年
       (*記憶に残っているものをざっと並べてあります。)
<落語会>
・仲間と共に定期的に公開稽古のように落語をやりまくる「落語道場」を開催。
・独演会「肉体派宣言」を文芸座ルピリエで開始。
・新作落語会の
 「応用落語」、「第二次実験落語」、「落語バカ」、「OFF応用落語」
 「落語ジャンクション」、「三派連合新作落語サミット」
 に定期的に積極的に参加。
・春風亭小朝師プロデュース定期的落語会
 「玉の輔・彦いち二人会『幸せな二人』
 「四人の愚か者」「四人の優れ者」
・落語のコンクールにも何度か出場、本線まで行くものの敗退する。
・役者でコメディアンの清水宏さんと出会い、連日、下北沢界隈でネタを創りあ って互いに発表し合う。
独演会でひとりコントを試みる。第一人者モロ師岡さんにいろいろ手取り足取り 教えてもらう。弱い人間の微妙な動きを教わり、人の身の動きは攻撃的格闘 技だけでないことを知る。
・独演会は、落語プロデユーサー落語王・渡辺さんに「私でよければ手伝うの  でやりましょう」と声をかけていただき現在も「一人会」などはお願いしている。
 得体の知れない噺と噺家に手を差し伸べていただいたことは感謝のみ。
・独演会名を「喋り倒し」に変え下北沢「劇」小劇場で開催。
 2000年に落語で初の賞をいただく。賞は小学校の防火ポスター以来。


<ペット>
・ペットショップで偶然傷ついたトカゲを発見。
 尻尾が切れているので売り物にならないと言われたフトアゴヒゲトカゲを安く
 譲っていただき飼育することに。ハラフトシと命名。その頃、中野の熱血獣医 の野村先生を知りトカゲと共に何度か通う。
・ダッククス小峰さんとカメ友になる。
・師匠の息子が噺家になる際「噺家になるとカメの面倒みている時間ないから、 もらって〜」と言われそのままウチにカメが2頭やってくる。
 なぜかその時「オレも噺家だっすが・・」と言えなかったのは、ちょっとカメを飼 ってみたかったからというのと彼が普段からボケていたからそっとしておいた
 その後、陸カメ用の小屋を制作。床材やエサに注意を払う。トカゲは手元   で11年飼育し他界した。カメは13年経過するもすこぶる元気。


<雑誌など>
・書いたものが初めて活字で掲載されたときは、自分の字じゃないからヘンな  感じだった。その後、キーボートで打つようになってからは、手書きの自分の 字ってヘン?と思うように。
・誰に習うわけでもなく好きではじめた写真もプロの方に現場でそれとなくいろ  いろ聞いたりと困ったヤツ。そのおかげでいろいろ知る。
・ひょんなことから落語協会誌「ぞろぞろ」の表紙写真や誌面の写真を比較的  自由に撮らせていただく。
・またひょんなことから漫画のお手伝いをやらせていただくことに。
 星野めみ著の「え〜カミさんを一席」(講談社)。やっていくうちにストーリーも 作ったりするようになる。少女漫画なので僕は力になれないのでは・・・思って いたので、単行本になったときは続いたことが嬉しかったっす。その後、8巻ま で刊行。 まだ続いている。
・雑誌や新聞にたまにちょこっとづつ掲載されるようになる。


<旅・アウトドア>
・ミクロネシア共和国ポナペ島、
トラック島(旧日本軍が大勢いた島。水曜島という島もあり、そこの酋長に会い に)
・ヤップ島(冠婚葬祭では、未だ石のお金が使われる)
・マーシャル諸島共和国(幅200メートルで長さが60キロの細長い〜島)
・フィジー共和国(なんだか陽気な島でのん気になる、カープアイランドにも行く
・パラオ共和国(ジェリーフィッシュレイクに潜る、マッシュルームアイランドと呼 ばれる島々をカヤックで巡る。ガイドに「ここは夜、人魚が来るんだよ」と言わ れる)。
・裏磐梯・桧原湖、小野川湖、カヌーで湖にうかぶ無人島へ渡りインスタントラ  ーメン「出前一丁」を食べる。
・那珂川「なかよしキャンプグラウンド」。カヌーに出会い、教わった場所。
 何度となく通う。
・沖縄・宮古島、奄美加計路麻島、
・那須三斗小屋温泉
・秩父長瀞、横瀬川
・伊豆各所
・カヌーを覚え、キャンプが楽しくてしょうがなくてお金もしょうがなくない日々。
 思い立って地図を見て折りたたみカヌーを担ぎ川越あたりへ。荒川を下る。川 面からの風景は護岸整備されたところに居住する大勢のホームレスだった。 「にいちゃん何か飲んでくか?」と誘われた。
 そういえばこんなことも。近場の横浜でキャンプへしに金沢八景へ。マンタク  ラブ今野さんといい場所を見つけテント設営。朝起きたら、そこで少年たちが サッカーをしていた。サッカー場だったのだ。少年たちは我々のテントを避け  白熱したゲーム展開。テントからなかなか出られなかった。
・現在入湯禁止になっている、修善寺の源泉熱湯「とっこの湯」にて、「水でうめ るんじゃね〜」という、生ける伝説「強情灸のまくらに出てくるおじさん」に会っ  たのもこの頃。
・「マンタクラブ」はポナペ島にて結成された。

 
 
2001年
 
<落語会>
・「目黒さんま祭り」初参加。町中さんまを焼く、たまらない匂い。
 そんな中で落語を聴くという素晴らしい〜演芸会。
 出てきたお弁当を開いたら「カツ丼」だった。
・「読売GINZA落語会」初めて文珍師匠の噺を袖で拝聴する。
・「白鳥誕生物語」誕生に立ち会う。
・「扇辰・彦いち二人会」  ・志の輔師プロデュース「巣鴨縁日寄席」
・高田文夫プロデュース「新作落語シンポジウム」、・「高田笑学校」
・「拾年百日亭」
・「国分寺寄席」右朝師匠とご一緒した最後となった。
・「新作をどり」。この頃から新作落語が、地下活動から表に出る!?
「にっかん飛び切り落語会」に出演。すぐ真打ち決定したので2回出演のみ。
・ピン芸で活動するのユリオカ超特急さんのライブにゲスト出演。楽しかった。
・秋に突然「来年春、真打昇進!」を言い渡される。準備期間わずか半年未満。
 やるだけのやることに。

<旅・アウトドア>
ロサンゼルス・サンタモニカマウンテンハイキング
沖縄・慶良間諸島無人島シーカヤックツアー
<家紋>
真打昇進を機に、しゃれで家紋を作る
拳にかたつむりが乗った「スローパンチの意」
通称:でんでんこぶし
2002年
 
<落語会>
・「大勉強会」でひたすらネタ下ろしをやる。
・「朝日名人会」
・「お台場寄席」「上方演芸会」「TBS爛漫寄席」
・真打披露でいろんな落語会に出させていただく
・ざぶとん亭では口上に「高田文夫、清水宏、清水みちこ、昇太、ウクレレえいじ 」真ん中に僕が座る。というかつてない口上。
・夢枕獏さんにお祝いでキックミットをいただく、お披露目初日に舞台上で前座さ んに持たせて思いっきり上段を蹴る。お客席は盛り上がると思ったらキックミッ ト持ったこともない前座さんのメガネが飛び、そのままそこにくずれ倒れると、 会場がシーンとなるが、舞台袖は爆笑。どうしようもない雰囲気の中その後は それをとりもどすかのように喋りまくったとか。
・紀伊国屋サザンシアターでのお披露目は口上に「高田文夫、小朝、円丈、木  久蔵、司会・昇太」というこれまた他では見られない口上。演目は「マスクマン の叫び」(仮)
「ラジオビバリー昼ズ」のスタジオゲストとして初めて出る。高田センセーの聞き 上手ぶりに驚愕。ぽかんとしてると「しゃべんないとただのバカなんだから」と  言われる。

・昇進の際のパンフレットは講談社さんが全面協力のもと「彦いち噺」が完成す る。担当さんが虚弱体質だが気合入りまくりの人で、徹夜で付き合っていただ き社内で朝を迎えることも。限られた時間で素晴らしいパンフレットが完成。
・南日本放送局の若人Hさんが、彦いちという人を取り上げたいので上京の許  可をと会社に相談するが「素材があればいいが、わざわざ上京せずとも」と断 られる。彼は身銭で単独上京。報道の経験のある彼は、カメラかついで真打  お披露目会場に三脚をたて自分でキューを出して自分で一人報道レポート。 持ち帰りニュースとして流す。それがきっかけで同局で彦いちドキュメンタリー を撮ることに。後の年に一回の鹿児島での独演会は彼が主催している。
 熱き暖かな方々に脱帽の年。
他大勢の熱い応援がありなんとかお披露目を終えることが出来心から感謝、感謝の年っす。


<旅・アウトドア>
真打昇進に伴い旅に出ず・・・。
 
 
 
2003年
 
<落語会>
・「トリトン寄席」晴海のトリトンで開催するのでトリトン寄席。
・「落語研究会」
・「笑芸人落語会」
・「宇都宮落語会」帰りの電車で志ん橋師匠にいい話をたくさん聞く。
・「末広亭学校寄席」この頃から末広亭にて午前中に中高生の生徒さんを入れ て開催する学校寄席に出演。
・「相模湖ピクニックランド」でのお花見落語会が恒例になりつつある。
・「東京国際コメディフェスタ」に出演。初となる英語で落語。それも新作を英語  にしているので、トラディッシュコメディと紹介されることに違和感が・・・。
 勢いで途中アドリブを入れたりしてしまう。
・知人の企画で神楽坂にて演歌の谷本知美さんと落語と演歌の会を開催。
 ものすごく盛り上がる。
・「中野落語研究会」と題した落語会開催してみる。
・「円朝祭」にて、お客さんが板に書いた嫌いな人や事柄を書く。それを叩き割る という「いたわりの男」!パフォーマンスをやる。
・喬太郎・扇辰・彦いちによる同期の会「心・技・体」開催。いい会だぁ。
・「幼稚園児に落語」子供番組で人気者の神田山陽さん、独楽業師の紋の助  兄がやった後にトリで出るという困ったことに。もうぺんぺん草も生えていない 。力技落語での最年少記録に挑戦する。
・秋田本庄市で独演会。HPからの依頼。数年続く落語会になった。
 きりたんぽバンザイ!
・横浜にぎわい座で「横浜で彦いちの噺をきく。」が始まる
・紀伊国屋ホールで独演会


<ラジオ・テレビ>
・落語家ジョッキーで生放送で毎回あたふたする。
・NHKの朝ドラ「こころ」にちょっと出る。本番で小柳ルミ子さんに見入ってしまい 台詞を忘れる。
・ベイFMでアウトドアのことを喋りまくる。以後いろいろお付き合いさせていだく。
・FM横浜に初めて出演。あまりにもおしゃれなのでドキドキする。
・鹿児島MBCラジオで地元で熱烈な支持を得ている、うねのさんと植田アナに  会う。喋りまくる。その後も喋りまくる。
・「真打競演」でバラクーダさんとご一緒。酒がのめるぞぉ〜が耳から離れない
・「BS笑点」にレギュラーとして出演。舞台袖に座布団がたくさん用意されてい  ることを知る。 
・山梨放送の清水宏さんの番組に何度となく遊びに行く。
・NHKの月曜ドラマで愛川欽也さんと共演。町内の若い人の役。欽也さんと裸で 二人っきり。銭湯で愚痴をこぼし、それを聞きながら「オレもさ〜」と言うのだが 緊張しまくり。
・永六輔さんのラジオに出させていただく。凄みを感じる。


<雑誌・新聞>
「BE-PAL」にて連載中の彦いち道場の肝入りでアウトドア百人一首を始めたが 意図するものが読者から届かず、意思の疎通が出来ていない自分に反省し  つつ誌面上でアウトドア百人一首を自分で作って一人で遊ぶ。
・落語協会誌「落語の友」にて桂三枝師匠に落語、新作落語の話しをたっぷり  聞く。
読売新聞の連載で、様々なスポーツを体験する。フリーダイビングでは伊豆の 海にひたすら潜る。他バイクやスポーツチャンバラやゴールドジムへ行ったり ともの凄く体力使うのが続いたので、担当さんに次やるスポーツは?聞かれ「 百人一首」はどうでしょう?と言ってみる。やってみると疲れることを知る。
・「笑芸人」に何度か登場させていただく。
「ニッカン新聞」で山に登ることに。「これまでにない山のぼりを」と言われ
 「カヌー登山」を提案。湖と山を楽しむ。山梨の十二ヶ岳を登った後、優雅に精 進湖でカヌーを楽しむ・・・ハズが下山後カヌーを漕ぐ元気は残っていなかっ  た。
・「日本カメラ」に掲載。普段読んでいる雑誌でどきどきっす。


<旅・アウトドア>
後々大きな体験として残る「カナダ・ユーコン川下り」に出かける。
 「熊でるぞ」とカヌーイスト野田知佑さん、
 「ユーコンやビーバー飛び込む水のおと」と作家夢枕獏さん。
 ガイドは、「熊?ダイジョウブ! オオカミ?ダイジョウブ! 都会の車の方が・ ・コワイ!」のポールと僕の4人で300キロを漕ぐ。
・チャーハンのリンさんと知り合いになる。落語に詳し優しい方だった。
・いつの頃からか獏さんの紹介でイラストレーターで絵師の寺田克也さんと知り 合い格闘技チャンネルを見たりおいしいコーヒーを飲むために入り浸るように なる。すいません。

 
 
 
 
2004年
<落語会>
・「新作派による古典落語の会」
・「落語研究会」で猿後家。
・青山ホンダショールームでの恒例となっている新春落語会で前座で高性能ロ ボットアシモクンが出て、小噺をやる。自社だから実現したのだが、彼を依頼 すると考えると、とてつもないギャラになる!?
・SWA(創作話芸アソシエーション)が少しづつ始動する。
 先輩後輩でないアイデアをもちよるため背番号制を導入。名前をもじって 
 1彦いち、2白鳥、3山陽、4昇太、6喬太郎ということに。
 これまで自分で創り続ける一方でいろいろアイデアを盛り込み創りこんで行こ うと。
・読売銀座落語会
・長崎にて「たい平・彦いち二人会」ちゃんぽん食べた後、本場ちゃんぽんを食 べる。
・志らく兄に声かけていただき「N.Y in rakugo」に参加。
 英語の小噺と南京玉すだれをやる。同じく参加していた先輩の一琴兄さんと  楽屋ではしゃいだら怪我をしてしまう。ごめんなさい。
・岐阜にて「昇太・彦いち二人会」。夜泊まったホテルで非常ベルが鳴る。
 誤作動だったことを後で知るが、非常ベルが鳴ったことに気が付かなかった
 自分が情けなくなる。
・都立大学でやっている非常勤講師。内容は「比較文化論」だったと思う。
 話すことが一通り終わったので、学生からたちからの一問一答をやる。
 盛り上がる。
・夢枕獏さんの新刊「空海」のイベント。紀伊国屋サザンシアター、後半休憩後
 山陽さんの「空海一代記」と僕の「大師の杵」。開演して袖から二人で見る。
 開口一番、中沢新一さんが「日本の神は・・・」客席もうなずく。アカデミックな 雰囲気にこのままではイケナイ!と山陽さんと作戦を練る。
 そしていざ本番へ!
・「盛岡落語会」にて出番前トイレに入ったら頭をぶつけしまい血が出る。
 慌てるスタッフの中、小朝師匠が「そこから脳みそでちゃわないように」の
 一言で救われ、そのまま高座へ上る。
「町田 落語会」柳好兄さんのやっている落語会。兄さんが酒の勢いで「極真会 館の道場をひかかしに行こう〜」というので全力で止めて叱る。
・SWAクリエィティブツアー安田生命ホール
・SWA大阪公演
・SWA名古屋公演
・SWA山梨公演・ざぶとん亭
・「自己忠臣蔵」喬太郎兄、三太楼兄(現遊雀)、と3人会。それそれが思い思い に自由に忠臣蔵を描く落語会。
・「モロ師岡カウントダウンライブ」。盛り上がりのあまりどの時点で年を越した  かわからない
・末広亭で暮れの恒例「正朝師匠、扇遊師匠の二人会」。
 雪のため遅れてしまう。先に扇遊師匠が高座に上って、マクラで「彦いちには トリで出てもらいます」と言っていたそうだ。ひぇ〜、ひらり謝罪する。
 外は寒かったが楽屋もお客席も暖かく救われた。


<ラジオ・テレビ>
文化放送にて泣ける話という企画に出演する。プロデューサーが泣きたくなっ  たらとティシュとタオルが用意されている。トラック島の旧日本軍の話しをする
・「笑いがいちばん」出演。落語よりも巨人・阪神師匠をを紹介するコメントの方 に緊張する。
・「NHK真打競演」千葉へ。牧伸二師匠が元気に会場もりあげていた。ひろ〜い
 楽屋で文朝師匠と一緒だった。すいかを食べている写真を撮らせていただい た。
「NHKふれあいホール」


<雑誌・新聞>
「小説宝石」に夢枕獏さんの紹介文を書かせていただくが、お前が誰なんだ? という感じになる。
・楽屋の撮りためた写真と書き下ろしエッセイの写文集「楽写」を刊行。
 噺はその場で消えていくが、活字は残るわけで、入魂で一冊を作りあげ
 初めての著書となる。感慨深く、出来上がるとどんな気持ちになるのだろう?
 と思ったが、特に変わることない日常は続く。
・「極真館」の盧山館長と誌上対談。極真会館の伝説の人だ。ドキドキする。
 すてきなそして豪快な方だった。押忍。
・DIME(小学館)で大道塾の加藤さんと護身術掲載。
 もちろん僕は正攻法ではなく、謝る! または他に気をそらす!などなど。
・東京かわら版にSWAメンバーによるリレーエッセイ「新作日和」


<旅・アウトドア>
・マンタクラブ例会沖縄・渡嘉敷諸島へ
・ロサンゼルスへ。コメディーシアター「ラフファクトリー」に飛び入りをする。
 その日のホストがお前ナニ人?と聞き、仕事は?聞き、ではこの偉大なステ  ージでやってみるか?言うと、会場内で拍手がおきる。
 気が付くとステージへ 。片言の英語でたどたどしい小噺をする。
 その日は地元のシャキシャキのロスっ子の集まり。
 困ったときの合掌ポーズが受けたのでそれでおしまくる。
 初高座以来の緊張だった。
 
 
 
 
 
2005年
 
<落語会>
・「新春高輪ホテル寄席」
・「東西落語研鑽会」
「・「全日空機内放送落語」「日本航空の機内放送落語会」
 機内向けのネタを考えなきゃと思っている・・・のだが。。
 今まで何度か流されているのだが、自分の落語が流れている飛行機に
 乗れたことがない。たぶん。
・「熊本よかちょろ落語会」山陽さんのお友達が主催者でステキな会。
・「えびす亭」落語と毎回すばらしいゲストとのコラボレーション
 ローリーさんの時、ギターを弾きながら小噺、後にNHKでお会いした時ライブ でもやってくださっているとこのことで嬉しい。
・「SWAクリエィティブツアー」
・「朝日名人会」
・「円丈ギャグアカデミー」にゲストとして出演するが、円丈師匠に学ぶ。
「彩の国芸術劇場」にて独演会。
・北九州にて開催の「エコフェスタ」に参加し。エコのキャラクターと共にエコを  考える。
・高田文夫プロデュース「かさま落語会〜桃太郎・彦いち二人会」
・名古屋にて「清水宏・彦いち二人会」
・銀座東京電力・ソコトコタイアップイベント
 「落語が与えるロハス的笑い」にて独演会。
・SWA年末4DAYSを下北沢「劇」小劇場にて開催。4日間の翌日が自分の独演 会が横浜にぎわい座小ホールで開催。5日間ぼろぼろになる。


<ラジオ・テレビ>
・スカパー「さくらチャンネル」にて「今日の自衛隊」に出演。番組の名の通り本  日の自衛隊の様子を伝えていた。僕はゲストとしてトラック島に沈む戦艦の  写真をみながら話しをさせていただく。
・「ふるさとお国自慢」(鹿児島放送)を3年ほどやらせていただいている。今回の
 「鹿児島vs福島」の放送でテレ朝系の「ものつくり大賞」という賞をいただく。
 パーティが開催され偉い人がいっぱいいた。
・「NHKふれあいホール」師匠と二人会だ。こういうのは嬉しいっす。
・「NHK平成落語家ジョッキー」地方公演を行う。
・大銀座落語会が開催される。
・TBSのラジオ中継で初めて喬太郎兄の家へ行く。暖かかった。
・志らく兄の芝居「あ、うん」に出演。芝居はとても大変だということを知る。
 得るものも大きいことも知った・・・ハズ。
・「ふれあいラジオパーティ」(NHKラジオ)でラジオなのだがスタジオで鍋。
 高見恭子さんともりもり食べる。生調理で楽しすぎる生放送でむせてしまう。
「・ニッポン放送「ミュージックソン」にてTOKIOの長瀬くんにまんじゅうこわいを  披露する。夜中の3時だったので。「本当はこの時間に落語をやるのが怖い」 と言う。


<雑誌・新聞>
・「アサヒカメラ」に掲載。普段読んでるいる雑誌ということもあり緊張する。
・「TONE」にSWAので特集が組まれる。つい喋りすぎてしまう。
・「小説すばる」にてSWAのメンバーに夢枕獏さんが落語を書き下ろす。
 メンバーも一本づつ落語を書き下ろす。それと対談を収録した
 「楽語・すばる寄席」(集英社)が刊行。
・月刊雑誌「YAJIN」に「これからの人」として大きく掲載される。隣が格闘技プラ イドの榊原代表だった。この後プライドは、もの凄くなって、吸収合併で彼は  引退することになる。僕はスゴイことにもならないが、引退もしない。
「食楽」(徳間書店)においしい写真とエッセイ。ユーコン川の河原での調理風  景を掲載。
・「月刊地球環境」(日本工業新聞社)連載始まる。
・スズキ自動車のエブリーワゴンの宣伝広告。「ワゴン車に乗って楽しく遊んで 下さい」という依頼に、後輩丈二くんときく麿くんと一緒に日が暮れるまで本当 に遊び続ける。
・「パブリディ」(牧野出版)に彦いちが聞いた楽屋の珍言・名言の連載が始まる
・英語雑誌(学研)にてインタビュー。何かしら喋りすぎて反省。
・雑誌「フリースタイル」へ寄稿。下北沢のことがよく話題になることもあり好きな 雑誌。 


<旅・アウトドア>
・中国・ウィグル自治区・シルクロード
 玄奘三蔵が辿った道・西域南道をカシュガルから敦厚まで各町で宿泊しなが らひたすら移動。と言っても車なので体力的にはダイジョウブ・・・・と思ってい た。タクラマカン砂漠はずっとずっとずっと続いていた。 
戻り打ち上げが奈良で開催。打ち上げは新宿とか渋谷だと思い込んでいた自  分を反省。楽しいことは思いがけないところにあるのだ。

 
 
2006年
 



 
 
2007年
 
 


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